生き方:カテゴリー
「なりたい自分」にになる心理学 国分 康孝
(著者紹介)
1930年生まれ。東京教育大学(現、筑波大学)、同大学院を経て、ミシガン州立大学博士
課程修了 (カウンセリング心理学専攻)。哲学博士。
現在、筑波大学教授。日本におけるカウンセリング心理学に第一人者。
(本文より)
まえがき
・本書における私の主張を一言で言えば「できる限り人生の実態を自分の眼で
たしかめつつ、自分のありたいようなあり方を工夫して楽しい人生を歩むこと」
である。
第1章 "今の自分"を好きになれるか
・「私は話がへたですが、中身はいいことを話しますから、よく聞いてください」と
いうのである。そいうい言い方は、話のへたな自分にこだわっていないことになる。
これが I am OK..なのである。
私は話がへたですと釈明するということは、話がへたな自分はダメ人間です、と
I am nto OK. を表明していることになる。言い訳をしないでそれをプラスに受けとる
ような言い方がいいのである。(P29)
・自分はダメだというイメージから脱却する方法が三つある。
ひとつはダメだと思う根源を粉砕する方法、第二はとってかわるものを発見してそれ
を補っていく方法。
第三が、自分の価値観、ものの考え方を変えること。(P47改)
第2章 この"心の開き方"が自分を変える
・「ぼくらは神ではないから、知らずに人の心を傷つけることがありうる。それはやむをえない。
そのかわり、今後同じ失敗をしないように注意すればいいんだ」(P71)
第3章 疲れを明日にもち越さない生き方の法則
・「〇〇してくださいと頼んでいるのは、私が偉いからではない。私の役割に、人に〇〇して
くださいと頼むだけの権限が付与されているからだ。私が頼んでいるのではなくて、私の
役割が頼んでいるのだ」(P98)
第4章 この賢い「まね」が自分を伸ばす。
・模倣の主たる対象は三つある。
第一はものの考え方を模倣する、第二は行動のしかたを模倣する、第三は態度を模倣
する。
・「気のきいた人は、「おたくの魚はとてもうまいと聞いたので、わざわざ買いに来たんだ」
という。そして、「すまないけどちょっとお金がたりないのだが、わざわざ来たんだからまけ
てくれないか」といえば、魚屋は自分のプライドが認められているので、多分気持ちよく、
「じゃ、まけよう」といいやすくなる。(P142)
第5章 感謝の気持ちひとつで広がる人生
・ありがといと思う気持ち、感謝の気持ちがあるということは、満たされた気持ちがある
ということであり、満たされて気持ちがあるいうことは不満がない、恨みがない、恐怖心
がない、罪悪感がない、ということである。世の中を渡っていくのに、これは非常に快適
な状態なのである。(P181)
・実存主義に、イン・デア・ヴァルト・ザイン(In der Wwlt Sein)、世界内存在という言葉が
ある。これは、私たちは一人ひとりがそれぞれ生きているように見えるが、本当は他との
関係があってはじめて生きているのが人生の事実であり、この品性の事実をきちんで
見つめなければならない。(P182)
・内観法とは、吉本伊信が提唱した「自分の生き方の検討法」である。原理は簡単である。
今までの人生で深いかかわりをもった人物(両親、上司、部下、子どもなど)の一人ひとり
について「してもらったこと」「して返したこと」「迷惑をかけたこと」の三点を思い出すので
ある。(P184)
・アメリカのように権利・義務とういう観念が非常に明確な社会でも、感謝の表現は生活
感情に非常によき浸透している。たとえば論文を見るとよくわかる。アメリカ人は、修士
論文や博士論文などの冒頭に、まず謝辞(ackowlegement)を書く。(P197)
・「ようするに、偉い人間というのは下の人に対して非常に態度がいい」(P201)
・子どもにとっていい親、子どもを上手に育てたおやというのは、やはり子どもに対する
敬意といったものをもっている。こういう親は「子どもが勉強ができるおかげで、私たち
夫婦はほんとうにいい思いをさせてもらってありがたい」「私の子どもはほんとうに親の
私によくしてくれてありがたい」というように、子どもに対する感謝の気持ちをもっている
ことが圧倒的に多い。(P203)
・感謝の気持ちを表現するためには、相手に自分を知ってもらうことに徹した方がいい。
感謝の気持ちを持っているということを知ってほしいと思い、自己を開いていく、つまり
自己開示に徹することだ。(P206)
・感謝の表現はできづだけ工夫する必要がある。表現しさえすればいいとういものでは
ない。人生の達人をいうのは。相手がよろこんでその気持ちを受け入れてくれるような
表現がうまい人である。(P208)
第7章 自分の生きたいように生きる「自己確立法」
レベル1◆目的も方法もわからない
→ある程度、能動的に教えなければならない。
レベル2◆目的地はわかっていても方法を知らない
→複数の方法にふれることが大事
レベル3◆目的地と方法を知っていてもまだ不安がある
→かなり自己確立ができている人でもふらつくことがある
レベル4◆ほとんど完璧な自己確立
→残りは"自己盲点"だけ。それでも100%はない
・知識と体験のバランスが全てである
「知ありて解(げ)なきは慢心を生じ
解ありて知なきは無明(むみょう)を生ず
和と解とあいまちて初めて
行いの基たるべし」
私の翻訳ではこうなる。
「知識ばかりあって体験が乏しい人はどうしても生意気になる。かといって体験ばかりで
知識の乏しい人はどうしても迷いがつきまとう。それゆえに理想的な人物というのは、
知識と体験の両方を兼ね備えている人である」(P240)
(あとがき)
・「Being is choosing (人生とは行為選択のプロセスのことなり)」である。ただし、全くの手ぶら
で行為選択をするより、なんらかのたたき台があった方が便利であろう。そう思って私なりの
人生訓を提示した。(P240)
人のために人となる人 右近勝吉
人のために人となる人 右近勝吉
(著者紹介)
1940年生まれ。佐賀県出身
1963年日本大学法学部卒業。卒業後、ガソリンスタンド、新宿専門店会、広瀬無線など職を転々とするかたわら、 世界一周無銭旅行を敢行。
1978年便利屋「右近サービス社」を始め、現在に至る。
(本文より)
第1章 心も扱う便利屋稼業
・人の迷いや寂しさを解消するには言葉を尽くしたり慰めたり、力強く励ましたりする
よりは相手がしゃべるのをひたすら聞いてやるのがいちばん効果的なのだ。(P39)
第2章「人に仕える」気持ちが基本
第3章 人と出会って始まる仕事
・「売れるかどうかはわからないが、おまえさんが気に入ったからな」
と、その店主がいってくれたことをいまでも覚えています。だから、つまるところ
お客さんはセールス技術でなく
熱心さを買う。モノでなく「人」を買うのだと、つくづく実感しました。(P128)
・便利屋は「水」。相手の依頼に応じて自在に形を変えながら、どんな仕事もいといません。
水はまた周囲の汚れをきれいにもします。世間の細部や人の心の底にたまった泥掃除、
それが便利屋の仕事でもあるのです。(P132)
第4章 便利屋成功までの道のり
第5章 元祖便利屋、二十年の集大成
・子どもの自主性尊重も自由放任もいいけれど、その前に事の善悪くらいは教えておいた
ほうがいいのじゃないかといいたくなります。~子どもの甘えやわがままをそのまま
認めてやることが個性を伸ばすとこだとカン違いしていたり、子に対する抑圧を全部
とりのぞいてやることが親の愛情だと思い込んでいる人が多いような気がします。
・したいことだけをしなさいと教えるのは、自由を与えているように見えて、実は甘えを
助長させてしまうことにもなる。(P209)
・無銭旅行に出たら、親の庇護は期待できません。自分で調達しないかぎり、食事にあり
つくこともできない。
すべて自分の頭で考え、工夫し、手足を動かさなくてはなりません。行く先を決めるのも
自分、途中で道に迷うのも自分、正しい道を探すのも自分、何もかも自分の力でまかなわ
ないと生きていけないのです。(P215)
・子育てにおいて、とくに次のことは子どもによくいい聞かせ、自分でも実践してきました。
親のいうことは聞くこと
子どもの友だちを大切に扱う
・「子たちよ。私たちは言葉や口先だけで愛するのではなく、行いと真実をもって愛し合おう
ではないか」と聖書にもあるように・・・(P219)
・たとえば便利屋という仕事をフランチャイズ方式でシステム化して、自分は「賢く」立ち回
る こともできたかもしれません。
しかし小賢(こざか)しく生きはじめたとたん、ダメになってしまうような気がしてならない
のです。(P221)
・死ぬまで働ける仕事をもっている私は幸せ者です。「便利屋」という天職を神様から授かる
ことができた私は、世にもまれな、幸せな「ふうけもん」なのでしょう。(P222)
喜ばれる 小林正観
喜ばれる 自分も周りも共に幸せ 小林 正観
2008年1月 講談社
(感銘を受けた内容)
☆周りに喜ばれる
・まず先に空にする。「出入り」は、出るほうが先なのです。
呼吸も吐くほうが先。呼吸法というのは、まず吐くほうから教えます。
また、人間が生まれてから死ぬまでも同じ。赤ちゃんがこの世に生を
享けたときに息を吐いて産声をあげます。そして亡くなるときには
・「息をひきとる」というように息を吸って亡くなる。出入りの順序は、
お金の流れでも同じことがいえます。(P36)
・「今日」の「今」しか私たちの目の前に存在していないので、過去のこと
を、ああすればよかったと悔やんだり、永久に来ない未来に対して心配や
不安を持って、そこにエネルギーを取られるという無駄なことはやめましょう。
・「私」が今使えるエネルギーは、「今日」の「今」しか存在しないのです。
私たちは、過去、現在、未来という、とても長い時間・空間の中に生きている
ようですが、実は「この瞬間」だけを生きています。
だから、自分の人生について過去のどんなことについても悔やむことは無意味。
未来のことについて心配することも無意味。そこに使うエネルギーを、今目の前に
人を大事にすることに使いましょう。(P78)
・神にとって好ましい生き方とは、その人が幸せだと思って暮らしていること。
その人がどう明るいか、その人がどう生きるか。
世の中の暗い部分をあげつらって指摘する間に、「ありがとう」をたくさん
言ったほうがよい。
本当の世のため、人のためという行為は、自分の周りに朝示唆や温かさ
を投げかけること。まず自分が楽しく生きる、ということです。(P82)
・人間が生まれてきた目的は「喜ばれる存在」として、誰かから「ありがとう」
といわれること。(P89)
・お釈迦様は、般若心境の中で、「色即是空(しきそくぜくう)」という言葉を
残しました。全ての私たちの感覚は「空」です。
「空」とは、存在しているけど、現象に色づけや性格づけされていない、という
こと。たとえば、コップに半分の水が入っている状態のことは「空」といいます。
水は入っているけど、性格づけされていません。
「無」とは無いことをいいます。コップに水が無いのは「無」。
「空」と「無」は違います。
そして小林正観は、「幸も不幸も存在しない。そう思う心があるだけだ」と
言ってきました。(P121)
・ヨハネの福音書の冒頭に、次のような言葉があります。
太初(はじめ)に言(ことば)あり
言は神と共にあり
言は神なりき
・ お釈迦様の教えである般若心経は。「照見五蘊皆空(しょうけんごうんかいくう)」
五蘊とは、色受想行識(しきじゅそうきょうしき)の五つをいいます。
「色」とは、形あるもの。「受」、その姿形をを見て何かを感じ、受け止めた。
「想」、感じたり受け止めた結果として何か想いが生じた。「行」、そう想った結果
として、自分の体が動いて何か行動した。
「識」そして、その行動の結果がどうなったかを認識した。(P137)
結局、お釈迦様が二千五百年前に言っていたことは、私たちが「これは幸福だ
不幸だ」と言っていることも全部「空」。人間が勝手に色づけしているだけなのだ
(P138)
・自分の目の前におきたことについて何一つ不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句
(五戒)を言わないということが、地球や宇宙や神様から評価されます。
その起きることというのは、病気や事故、災難、トラブルも入ってきます。そのことに
不平不満を言わない。(P139)
・ 自分がどう生きるかだけ。そして「私」が存在できるのは、ありとあらゆるもののおかげ
さまであるということに気がついて、感謝する。腹が立つとか、イライラするとかは、
全部感謝が足りないのです。(P182)
・ 嬉しい、楽しい、幸せ、愛してる、大好き、ありがとう、ついてるの七つの言葉を七福神
ならぬ祝福神、この七つの言葉を中心にして常に喜びの言葉を言っている。(P191)
